私的ヒトコトヌシ論 その2
白村江敗戦と、日本書紀という「国家の正統性」
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7世紀の東アジアは、巨大な秩序転換の時代だったのではないでしょうか。
中国では、隋による統一の後、唐 が成立し、東アジア全体へ強い影響力を持つ帝国へ成長していきます。唐は単なる軍事国家ではありませんでした。律令制、巨大な官僚機構、洗練された法体系、国際秩序、そして「文明の中心」としての自己認識を持っていた。周辺諸国にとって、唐とは単なる隣国ではなく、間違いなく「世界の中心」だったのです。
その頃、朝鮮半島では、百済・高句麗・新羅の三国が争っていました。倭国は古くから百済との結びつきが強く、多くの渡来人や技術、仏教文化を百済経由で受け入れていた。しかし7世紀になると、新羅は唐と結びつき、百済を圧迫していく。そして660年、百済は唐・新羅連合軍によって滅ぼされました。
倭国は百済復興を支援するため、大規模な軍を送り込みます。その決戦となったのが、663年の 白村江の戦い でした。
結果は惨敗でした。
『日本書紀』には、多数の船が炎上し、倭軍が壊滅した様子が記されています。この敗北によって、日本列島の支配層は、唐という存在を初めて現実的な脅威として認識したのではないかと思います。
ここで重要なのは、倭国が見たのは単なる「強い軍隊」ではないということです。
彼らが直面したのは、「帝国」というシステムそのものだったのでしょう。
軍事力とは、表面上の兵器の強さや兵士の数だけではなく、それを支える兵站、生産などの国の経済力、そしてその背骨となる統一された行政、司法、徴税、戸籍といった国家の機構、そして「国家とは何か」という概念そのものにおいて、唐は圧倒的に成熟していた。白村江の敗戦は、日本に対して「このままでは国家として飲み込まれる」という危機感を与えたのではないでしょうか。
実際、この戦いの後、日本列島では全体として急激な国家再編が始まります。
九州では水城が築かれ、防衛用の山城が各地に整備される。中央集権化が進み、律令制が整備され、戸籍制度が強化されていく。つまり日本は、「豪族の連合体」から、「国家」へ変わろうとし始めるのです。
そしてその流れの中で成立したのが、古事記 と、日本書紀 でした。
特に日本書紀は、中国の正史を強く意識して編纂されています。漢文で書かれ、編年体を採用し、天皇の系譜を国家史として整理している。つまり日本書紀は、単なる神話集ではなく、「日本という国家は、なぜ正統なのか」を「漢文・漢字」、つまり中国や中華圏の近隣諸国に対して説明・表明するための国家の文書だったのです。
しかしここで、非常に興味深いことがあります。
日本は、中国文明を大量に導入しながら、中国の「天命」思想そのものには入らなかった。
中国では、「天」が皇帝に支配権を与える。王朝が腐敗すれば天命は別の王朝へ移り、新たな皇帝が天下を支配する。つまり、中国皇帝こそが世界秩序の中心であり、正統性の源泉です。
もし日本がこの体系を全面的に受け入れてしまえば、日本の王権は中国皇帝の下位秩序に組み込まれてしまう。
だから日本は、制度は受け入れるが、正統性の源泉だけは共有しなかった。
ここが非常に重要です。
日本書紀では、天皇の正統性は、中国の「天」ではなく、天照大神 や天孫降臨、神武東征、そして列島各地の神々との接続によって説明される。つまり日本は、中国文明を取り込みながら、「中国とは異なる神話体系」を提示したのです。
雄略天皇は葛城山で、自分とまったく同じ姿をした「もう一つの王権」と遭遇する。そして最後には、一言主神へ武器や衣服を献上し、礼を取る。
一言主神が征服されていない。手続きのもと手を取り合った、ということです。
これは単なる怪異譚ではなく、「列島内部に存在する古い権威体系を、ヤマト王権へ統合する物語」として読むことができる。
つまり日本書紀は、中国に対抗できる中央集権国家を構築しながら、同時に列島各地の祭祀権威や土地神を「国家神話」へ接続する作業を行っていたのではないかと、私はそう考えています。
そしてここが、日本国家形成の非常に独特な部分だと思うのです。
キリスト教とイスラム教などは対立しながらも、同じ唯一神の系譜を共有しています。しかし日本は、中国文明を大量に受け入れながら、中国の「天」とは異なる神の体系を提示した。
しかもそれは単なる民間信仰ではなく、「国家の正統性そのもの」として提示された。
私は、一言主神のエピソードには、その国家形成の緊張感が、かなり生々しい形で残っているように感じています。
ここまでお読みいただき誠にありがとうございました。
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